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広島高等裁判所岡山支部 昭和39年(ネ)91号 判決 1965年8月09日

控訴人 被告 時岡文雄承継人時岡ハルミ他一名

訴訟代理人 小野敬直

被控訴人 原告 黒田重光

訴訟代理人 甲元恒也

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人に対し、控訴人(亡時岡文雄承継人)時岡ハルミは二万八一一三円、同時岡和恵は五万六二二六円および右各金員に対する昭和三七年一〇月二八日より完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は一、二審とも控訴人(亡時岡文雄承継人)らの負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

一、双方の申立て

1  控訴人は「原判決のうち控訴人(亡時岡文雄)敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

2  被控訴人は控訴棄却の判決を求め、のち「被控訴人に対し、控訴人時岡ハルミは二万八一一三円、同時岡和恵は五万六二二六円および右各金員に対する昭和三七年一〇月二七日より完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は控訴人らの負担とする。」との判決ならびに仮執行宣言を求める旨に訂正申立てをした。

二、双方の主張

当事者双方の主張は、左記のとおり訂正・付加するほか、原判決事実摘示に記載するところと同一であるから、これを引用する。

1  訂正

原判決三枚目七行目の「昭和三七年一〇月二七日」の次に(本訴請求金額を一四万九三四一円に拡張申立てした同月二五日付け準備書面の送達の翌日)を加え、三枚目裏九行目の「否認する」の次に(被控訴人主張の準備書面の送達を受けたのは昭和三七年一〇月二七日である)を加える。

原判決二枚目五行目に専問とあるのを専門、三枚目一二行目に第二項とあるのを第2項と訂正する。

2  被控訴人の主張の補充

控訴人時岡文雄は昭和三九年一二月一〇日死亡し、その妻ハルミが三分の一、長女和恵が三分の二の割合により相続した。よつて、原審認容の八万四三四一円は、亡文雄の承継人たるハルミおよび和恵において主文二項掲記のとおり分担して支払うべきである。

3  控訴人らの主張の補充

イ、訴外近藤栄祐および小林勝の両名のいずれかが、誤つてチエンブロックの台付にしていた丸太を動かし、そのため近くにあつた本件角材に触れ、これを落下させたとの事実はない。丸太の大きさ、重量、またチエンブロックがかけられ、かすがいによつて固定されていたことからしても、ありえないことである。

ロ、本件事故発生時において、被控訴人は直接に本件作業を指揮していたものであり、前記近藤、小林の両名のみならず亡時岡文雄自身、被控訴人の指揮下で訴外山陽板紙工業株式会社の仕事をしたものである。民法七一五条にいう「他人ヲ使用スル」とは、事実上仕事をさせることであつて、必ずしも雇用契約を必要とするものではなく、また同条の「被用者」とは使用者の指揮命令に服する関係にあれば足るものであつて、亡時岡文雄は明らかに同条にいう「被用者」である。

ハ、時岡文雄、近藤栄祐および小林勝の作業は全体的にも部分的にも被控訴人の指示監督の下になされたものであつて、訴外会社こそ同条の使用者責任を負うものというべきである。

ニ、被控訴人は同条二項にいう「使用者ニ代ハリテ事業ヲ監督スル者」に該当する。本訴は被控訴人が自己の監督上の不注意により受けた損害を他人に請求するもので、失当たることは論をまたない。

三、証拠

当事者双方の証拠の提出・援用・認否は、控訴人らが当審において証人近藤栄祐、小林勝、今田五夫の尋問を求めたほか、原判決事実摘示に記載するところと同一である(ただし、原判決四枚目一一行目に今田五男とあるのを今田五夫と訂正する)から、これを引用する。

理由

一、被控訴人主張の請求原因1(原判決二枚目)の事実は、当事者間に争いがない。

二、本件事故の原因および作業の態様について

1  前記の争いない事実に原審証人岡本健也の証言により真正に成立したものと認められる甲一号証、原審証人和田豊治、黒田生子、黒田芳広、岡本健也、近藤栄祐、原審および当審証人小林勝、今田五夫の証言、原審における被控訴人および控訴人(亡時岡文雄)各本人の供述(ただし、以上の証言・供述のうち後記の措信しない部分を除く)、原審における検証の結果を綜合すると、次の事実を認めることができる。

イ、亡時岡文雄は通称「甘露組」なる名称で、建物の取毀し移動その他の重量物運搬作業の請負を業とし、訴外小林勝、近藤栄祐らの鳶職を長年(昭和三八年当時で小林を一〇年、近藤を六年)使用していたもの、被控訴人はもと甘露組に属して、訴外山陽板紙工業株式会社の創立当時から甘露組の一員として同社に出入りし、のち同社の工員として採用され工務課工作副主任となつたものであるが、昭和三七年三月二二日、時岡は得意先である山陽板紙工業から同社工場内の一号抄紙機のドライヤーの据付け工事に呼ばれ、前記小林・近藤と他一名を連れて同社に赴き、同日から翌二三日にかけて前記のような関係で被控訴人の指示を受けながら、ドライヤーの据付け作業に従事した。作業は甘露組に任せ切りということではなく、会社側の責任者として終始、被控訴人が関与し、なお、工務課整理係(雑役)の和田豊治がフレームの取付け等の下働きをしたが、キャレンダーの据付け、ドライヤー・ロール三本の据付け、ドライヤーのギアの取付け等重量物の運搬、据付けの作業自体は、甘露組の四人の手で行なわれた。会社から右作業の注文を受け、業者としてこれに従事し、かつ報酬を受けたのは時岡であつて、他の三名は同人の被用者として労務を提供したものである。

ロ、ドライヤー・ロール(直径四尺、幅六尺、重さ一トン半位の円筒型の物)の据付けには、抄紙機の上方、抄紙機を据えつけた土間から約五メートルの高さにある梁に丸太を渡してチエンブロックをかけ、これでドライヤー・ロールを吊り上げて運ぶことが必要であつたが、時岡自身も梁の上にあがつてチエンブロックの移動等の作業に従事し、小林・近藤らを使つて二三日の昼食前に大体ドライヤー・ロールの据付けだけは終了した。そして同日午後二時ごろ、ドライヤー・ロールを廻すためのギアを取りつけるべく、小林・近藤の二人がチエンブロックの移動操作のためドライヤーから蒸気抜きを伝つて梁にあがり、時岡は諸道具を次の現場へ運ぶため一号抄紙機と二号抄紙機の間の通路を北の方へ行き、被控訴人は二号抄紙機の方へペーパーロールのフレールを取りに行くため一号抄紙機の南側を通つていたところ、突然、上方から長さ約二メートル、約一〇センチメートル角の松の角材が落下して被控訴人の背中に当たり、被控訴人は一号抄紙機の南際の溝に俯伏せになつて倒れた。その直前、当時一号機の西側で三番目のフレームをボルトで締めつけていた和田は、上の方でアッという声がしたので上を見上げ、どうしたのかと思つている中に、被控訴人が苦痛のりめき声をあげて倒れ込むところを見た。梁にいた小林・近藤の二人はすぐ下り、和田も時岡も被控訴人のところに駈けつけた。小林と近藤の二人は角材に打たれた被控訴人の背中をさすつてやつていた。被控訴人はただちに付近の津下外科医院に運ばれたが、被控訴人の背中には、前記角材の切口に符号する逆三角形の傷痕が残されていた。時岡は翌二四日朝、被控訴人を病床に見舞い、被控訴人の負傷が作業上の過ちによることを認め、その後、約一週間おいて再び被控訴人を見舞つた。被控訴人の受傷は、安静加療二四日を要する第四肋骨々折兼肺部挫傷というかなりの重傷であつた。

ハ、訴外会社では施設課長の高津英雄が安全管理者、労務課労務係兼庶務係の岡本健也が安全衛生管理者となつていたが、本件傷害事故の善後措置につき岡本が直接の担当者として働き、事故の原因についても和田や小林・近藤らから事情を聴取して、同人らとともに種々情況を判断し、高津と相談の結果、同年四月一〇日付けで岡山労働基準監督署長あての労働者死傷病報告(甲一号証)を起案し、訴外会社々長名義で作成・提出した。これによると災害原因および発生状況として「ドライヤーの取付作業中、他のドライヤーを釣るためにチエンブロックを移動中、台付にしていた丸太が動き、梁に上げてあつた三寸角、長さ六尺ものの角材が高さ五メートル位のところより落下、共同作業のために下を通過していた者の背中にあたり、前へ転倒負傷した」旨の記載がなされている。同日、梁に渡してあつた丸太のほかにも、数本の材木が梁に上げてあつた。

ニ、事故の原因については、直接の目撃者がないといいながら(ただし、原審証人黒田生子の証言によると、安全管理者の高津英雄は同年三月末に被控訴人の妻生子から負傷の原因を聞かれた際、前記の角材は上から落ちるとき、いつたん物に当たつて被控訴人の背中に当たつた、と述べている)、被控訴人の背中に当たつた角材が上から落ちたものであることは、当時の関係者の一致して認めるところであり(当審証人小林勝の証言、記録三三一丁裏。原審証人岡本健也の証言、二六六丁裏ないし二七〇丁。原審および当審証人今田五夫の証言、一四七丁、三五二丁。原審における被控訴人本人の供述、一六一丁ないし一六二丁裏)、これと異なる意見は関係者の中からも出ていない。当時、被控訴人が負傷した場所付近では、前述のように小林と近藤の二人が一号抄紙機の上方の梁に上がつていたが、他に上方に上がつていた者はなく、右両名がチエンブロックの操作のため梁に上がつたことのほか、直接にも間接にも、角材の落下の原因となるような事由は、本件に現われた全証拠を通じて発見できない。

2  以上のとおり認めることができ、原審および当審における証人小林勝、近藤栄祐の証言および原審における控訴人(亡時岡文雄)の供述中これに反する趣旨の部分は措信せず、他に右認定を左右すべき証拠はない。そして、右認定事実によると、被控訴人の受傷は前記角材が落下してその背部に撃突したことによることが明らかで、右角材の落下は前記小林または近藤の作業上の過失によるものと推認される(右両名が口を緘しているので、過失の態様は必ずしも明確でないが、下方に他人のいる高所の作業場で行動する者が、作業材料その他の物品の落下により他人に傷害を加えることのないよう万全の配慮をなすべき義務あることは勿論で、本件において、小林または近藤の過失を否定すべき合理的な疑いを容れる余地はない)。そして右小林・近藤は、時岡の被用者として、訴外会社の依頼による重量物運搬の作業に従事中、本件の事故を惹起したものであり、時岡はその使用者として被害者たる被控訴人に生じた損害を賠償すべき義務あるものといわなければならない。被控訴人がかつて時岡の経営する甘露組に属していた関係から、本件の作業において甘露組に指示を与え、また会社側の責任者として終始、作業に関与したことは、前述のとおりであるが、このように、時岡またはその配下の人夫(鳶職)が訴外会社より受注した作業を遂行するに際し、会社側の責任者の指揮に従うことがあつても、時岡自身その配下の人夫に対し選任監督の関係にある以上、人夫の使用者というを妨げず、本件において被害者たる被控訴人自身、甘露組の作業に直接間接の指示を与えた事実があるということは、かりに本件の事故発生につき被控訴人自らにも過失があるとすれば、過失相殺によつて参酌さるべきであるというにとどまる(本件において過失相殺の主張はなく、また被控訴人自身に過失ありと認むべき資料はなんら存在しない)。

以上により、控訴人の主張(引用にかかる原判決事実摘示第二、二、1の(二)、(三)、(五)、本判決事実摘示二の3のイ、ロ、ハ、ニ)はすべて採用できない。

三、損害の額について

当裁判所の判断は、原判決理由三に記載するところと同一である。(ただし、原判決六枚目裏九行目から末行まで、七枚目四行目以下の「けれども」から一二行目までの部分を除く)から、これを引用する。

四、結語

よつて、被控訴人の本訴請求は、亡時岡文雄に対し八万四三四一円(同人の死亡と相続の関係は承継人ハルミおよび和恵らの明らかに争わないところであるから、これを自白したものと看做すべく、相続分に応じて按分すればハルミに対し二万八一一三円、和恵に対し五万六二二六円)ならびに被控訴人主張の昭和三七年一〇月二五日付け準備書面の送達を認めうる同月二七日の翌日より完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余を棄却すべく、これと異なる限度において原判決を主文のとおり変更することとし、民訴九六条、九二条、九三条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林歓一 裁判官 可部恒雄 裁判官 八木下巽)

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